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【日本】特許権存続期間延長登録に関する最高裁判決~特許庁審査基準は改訂へ

2015/11/17、最高裁判所(第三小法廷)は特許権の存続期間の延長登録(以下「延長登録」という)の要件について争われていた審決取消請求事件(平成26年(行ヒ)第356号)について、特許庁の上告を棄却する判決を言い渡しました。延長登録の要件(特許法第67条の3第1項第1号)の解釈をめぐる最高裁判決はいわゆる「パシーフ事件」判決(平成21(行ヒ)第326号)に続き2件目となります。

本最高裁判決は後述の通り、特許庁の延長登録出願に関する現行の審査実務を否定するものでした。本判決を受けて特許庁は、本判決の翌日(2015/11/18)に延長登録に関する審査基準の改訂の検討を開始したことを明らかにしました(http://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/sonzoku_encho_201511.htm)。特許庁の発表によると、先行処分が存在する延長登録出願の審査の着手は、原則として、改訂審査基準の公表まで見合わせるとのことです。

現在の特許庁の審査基準では有効成分や効能・効果が同じ医薬品について用法・用量が異なる医薬品について重ねて承認を受けたとしても、延長登録は認められません。本最高裁判決によれば、有効成分や効能・効果が同じ医薬品であっても用法・用量等が異なる医薬品について新たに承認を取得すれば、延長登録の可能性があることになります。最高裁判決の概要は以下の通りです。

我が国の延長登録制度では、「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき」(特許法第67条の3第1項第1号)は延長登録が認められません。すなわち、医薬品等の承認などの処分を受けた場合でも、先行する処分により既に特許発明の実施ができるようになっていた場合には「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められない」として延長登録は認められません。本件では先行する処分との関係で延長登録出願に係る処分により実施ができるようになった範囲をどのように特定すべきかが争点となりました。

本件では本件延長登録出願に係る処分(以下「本件処分」という)に先行する処分(以下「先行処分」という)が存在し、両者は有効成分(ベバシズマブ(遺伝子組換え))と効能・効果(治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌)の点で一致していましたが、用法・用量の点で相違していました。先行処分と本件処分の用法・用量は以下の通りです。

先行処分:他の抗悪性腫瘍剤との併用において、通常、成人には,ベバシズマブとして1回5mg/kg(体重)又は10mg/kg(体重)を点滴静脈内投与する。投与間隔は2週間以上とする

本件処分:他の抗悪性腫瘍剤との併用において、通常、成人にはベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は3週間以上とする。

また、本件特許発明は、抗VEGF抗体であるhVEGFアンタゴニスト(血管内皮細胞増殖因子アンタゴニスト)を治療有効量含有する、癌を治療するための組成物に関するものでした。

特許庁の現行審査基準によれば本件特許発明と本件処分に係る医薬品等を対比し、本件処分に記載された事項のうち本件特許発明の発明特定事項に該当する全ての事項によって特定される範囲を定め、その範囲(特許発明の実施)が先行処分により実施できるようになっていたかを判断します。この基準によれば、「発明特定事項に該当する事項」で特定される範囲は「ベバシズマブ(遺伝子組換え)」(有効成分)と「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」(効能・効果)を備えた医薬品となります。本件先行処分はベバシズマブ(有効成分)と治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌(効能・効果)についてなされており、先ほどの「発明特定事項に該当する事項」で特定される範囲は先行処分によって実施できるようになっていたことになります。

このような特許庁の判断基準について最高裁は以下の通り妥当ではないと判示しました。

「このように,出願理由処分を受けることが特許発明の実施に必要であったか否かは,飽くまで先行処分と出願理由処分とを比較して判断すべきであり,特許発明の発明特定事項に該当する全ての事項によって判断すべきものではない。」(下線付加)

最高裁はまた、特許法第67条の3第1項第1号の登録要件について以下のように判断すべき旨判示しました。

出願理由処分と先行処分がされている場合において,延長登録出願に係る特許発明の種類や対象に照らして,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項について両処分を比較した結果,先行処分の対象となった医薬品の製造販売が,出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含すると認められるときは,延長登録出願に係る特許発明の実施に出願理由処分を受けることが必要であったとは認められないと解するのが相当である。」(下線原文ママ)

そして本事案について最高裁は、医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる両処分の審査事項は、医薬品の成分、分量、用法、用量、効能及び効果であるとした上で、両処分は用法・用量で相違するから、先行処分の対象となった医薬品の製造販売が本件処分の対象となった医薬品の製造販売を包含するとは認められない(その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であった)と判示しました。

最高裁が示した判断基準によれば、本件処分と先行処分とを対比し、本件処分が先行処分により包含されている場合には本件特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められないことになります。この判断基準に従うと、「医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項」について本件処分と先行処分が相違すれば、特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったと認定される可能性があることになります。すなわち、有効成分や効能・効果が同一の医薬品であっても、異なる用法・用量等について新たに医薬品の承認を受けた場合には、他の要件を満たす限り、承認ごとに延長登録を受けられるようになります。

このように今回の最高裁判決により延長登録を受けることができる事案は増えることが予想されます。一方で、最高裁は延長された特許権の効力範囲(特許法第68条の2)については言及していません。延長された特許権の効力範囲をどのように解釈すべきかは依然として残された問題であるといえます。

判決文は下記から入手できます。

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/467/085467_hanrei.pdf

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